4月中旬、雛飾りもすっかり片付けられた頃、愛らしい桃色に染まる阿部農園を訪れた。収穫の全盛期となる7〜9月に向けて、桃の木々がせっせと花を咲かせている真っ最中。青空と桃の花のコントラストがまぶしい。自然の色彩が互いを引き立て合う絶好の撮影日和だ。「ベストな日に来られましたね」と阿部さんも笑顔で迎えてくれた。
「これは阿部水蜜といって、阿部白桃の子ども。これは岡山の清水白桃と阿部白桃を掛け合わせて作りました」。こんなふうに、40分くらいかけて農園を歩きながら、阿部さんはいろいろな桃の話を聞かせてくれた。
全国で100以上の品種が栽培されているという桃。阿部農園では現在約15品種を育てている。農園内の木一本一本に品種名を書いた札が掛けてあるのだが、同じ品種が固まって植えてあるわけではなく、台風など災害時に被害が分散できるよう、あえて点在させているとのことだった。
桃の花は枝にぐるりと巻き付くようにして咲くので、上向きの花と下向きの花があり、栽培工程の一つである「袋かけ」の際に袋をかけやすいことから「下向き」のものだけに受粉するのだそうだ。
袋かけの作業にかかるのは6月頃。一つ一つ手作業なので、非常に労力がかかるし、経費もかかる。阿部さんは「袋かけのために人を雇おうとしても、あまり集まらないんですよ。収穫の時は友人や親戚がいっぱい来てくれるんですけどね。桃が食べられるけぇね」と笑う。確かに、おいしい桃が待っているなら、大変な作業も頑張れそうだ。
「袋をかける理由の一つは、色むらをなくしたりつやを出したりといった品質向上のため。もう一つは、病害虫を防ぐため。袋をかけておくと農薬が直接果実にかかりませんから、安心・安全面でも意味があります」。白桃が白いのは袋をかけるから。人間も長袖を着ていると腕が日焼けしにくいのと同じように、桃も袋をかけてもらって美肌を保っているということか。
阿部さんいわく、桃の栽培で重要なのは「何個実をならすか」だという。どのような桃をお客さんに届けたいのか。大きな桃、小さな桃、求めるサイズによって、何個ならすためにどれだけの葉を残すのかといった判断や価格も変わってくる。
たとえば大ぶりの300グラムの桃を200個とるよりも、一般的なM サイズとされる200グラムの桃を400個とるほうが、多くの収量が見込める。しかし、300グラムの桃は販売価格が200グラムの何倍にもなるという。それなら300グラムの方が…と気持ちが傾きそうになるが、見込んだ通りの収量を得られる確率は、200グラムのものよりも低くなり、リスクが高まる。見込み通りのサイズと収量をいかに実現するかも、つくり手の腕の見せどころの一つなのだ。
説明しながら見せてくれた木には、30センチごとに1個の割合で実がなり、この木1本で2 0 0グラム程度の桃が約200個とれるという。ほど良いサイズの桃が200個のにぎやかな木は小さなドット柄、ゴロゴロ大きな桃が100個のずっしり感漂う木は大きなドット柄のようで、どちらも桃の重みでしなる枝が絵になりそうだな…などと想像してみた。
「何個実をならすか」を調整するための基本となるのが「摘蕾(てきらい)」「摘花(てきか)」「摘果(てきか)」という間引き(剪定)作業。摘蕾とは余分なつぼみを摘み取ること、摘花は余分な花を摘み取ること、摘果は余分な果実を摘み取ること。木が蓄えている養分が、収穫する分の発育にしっかり行き届くように、つぼみの段階から調整していく。
「花を落とす時はこうやって…」と阿部さんが枝をにぎって、ザザーッと花をこそぎ落とす様子を見せてくれた。ただただ「きれいなお花〜」と感動していた編集部は、その潔い手さばきに、つい「もったいない!」と思ってしまうのだが、それが元気な桃の成長を助けるのだと学んだ。
収量を計算して適切に管理していても、自然の働きにはかなわないこともある。「つぼみの硬い時は強いけれど、開花して散る頃は最も弱い。だからその時期に寒波に見舞われると、多くがやられてしまいます。硬いつぼみをうまく残しておけば、全滅を免れます。たとえば、開花した状態だと、気温がマイナス2℃で30%がだめになってしまうけれど、硬いつぼみのままだとマイナス20℃でも耐えられることも」。
気候の変動や開花時期を正確に予測できればいいのだが、そう簡単にはいかない。「以前は予測してウェブサイトで公開していたことがあるのですが、予測方法を教えてくれと問い合わせがたくさんきたのでやめました」と苦笑いする阿部さん。少しでも先を読めたら…みんな望むことは同じなのだ。
「桃は人間のために実をつけるのではなく、自分の身が危ないぞ! と思うと子孫を残すために実をならそうとします。だから、自分は元気だと思っている場合、子孫は必要ないので、実を振り落とします。その性質を利用して、実をならさなくていい部分の枝は勢いよく上に伸びるようにして『元気だから実をつけなくても大丈夫』と思わせる、逆に、ならしたい部分の枝は水平に伸びるようにして『危ないかな』と思わせるように管理しています」。桃の木の気持ちをガッチリ掴んで対応するところは、なんだか人を相手にしているようだ。
桃は、1年ほどの苗木に接ぎ木をして、それから4年ほどで実がとれるようになるが、園内に立つ木の中には20年選手という年季が入ったものもあれば、そのそばには、まだ2〜3年目で、初の実りが待たれるものも。「最初はまだあまり上質なものにはならないのですが、阿部水蜜は優等生で、早くから良い桃がなります。たとえばこの枝に一つしか実らなくても、品質は良いのです」。
阿部水蜜は花粉がないので、人工授粉とともに自然の交配にも頼らなければならない。だから花粉がある木のそばに植えてある。桃は品種によって花粉があるものとないものがあり、ないものは人工的に受粉させなければならない。だから阿部農園には花粉を採取する目的で植えている木も多い。一つ一つの花からコツコツと採取した花粉は、作業場に大切に保管されていた。新聞紙いっぱいにこんもりと広げられた花粉の山は、サラサラの、ちょっと黄みを帯びた小麦粉のようだった。この一粒一粒から始まる成長物語が、最終的には丸々とした桃となって結実する。花粉が担う役割の重要性を思うと、それは宝の山に見えた。
阿部さんの桃の講義を聞きながら歩いていると、濃い桃色の花が枝を埋め尽くすように咲いている1本の木を発見。アイスバーのように、所狭しと花がびっしりとついていて、ユニークなフォルムにしばらく目が釘付けになった。桃といってもこんなに多様な個性があるなんて、これから桃の見方、味わい方が変わってきそうだ。
農園に隣接する作業場には、いろいろな農作業車が並んでいて、こちらもまた楽しい。運転席に座らせてもらったり写真を撮ったり、夏休みにおじいちゃん、おばあちゃんに会いに田舎へ帰省した少年の気持ちになって、はしゃいでしまった。
そこへ阿部さんが袋かけ用の袋を持ってきて、袋かけを実演して見せてくれた。林檎や梨は袋を実にかけるが、桃は花と実をワンセットにして袋をかけるそうだ。そうすると、台風などが来てもある程度耐えられるという。
袋にもいろいろな種類があるが、阿部農園で使う袋の色はオレンジと白。白の方が光の透過率が高いので、表面が赤味を帯びた桃をつくる場合は白い袋、白い桃をつくるときはオレンジの袋と使い分けている。桃色の花が咲く枝に、オレンジ色の袋がぶら下がっている光景は、まるでラッピングされた贈り物のようで愛らしい。
澄んだ空の下、陽光に照らされ桃色に包まれていると、なんだか幸せな気分になってくるから不思議だ。こんな鮮やかな桃色の花も、咲き始めは白く、徐々に色が濃くなっていくのだとか。それも一つの発見だった。
阿部農園公式サイト
http://abenouen.flips.jp/
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