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ひろしま食物語 ひろしま食物語

どんどん成れ〜

2021年1月執筆記事

東広島市安芸津町
甲斐農園

甲斐 直樹

 「ならしあげる」この言葉の意味が、青島みかんの木を見てひと目で分かった。「ちょうど成熟期にあたる8月が、今年は高温と干ばつで心配だったのですが、後半に持ち直して思ったよりもみかんが成長してくれました。1カ月雨が降らなかった影響でみかんにストレスがかかったことで、甘みが増して、今年出荷する分に関しては品質が良くなりました」とホッとした表情を見せる甲斐さん。木には橙色の果実が所狭しとぶら下がり、その重みで地面にまで垂れ下がっている枝も。青島みかんは生育の過程で間引かずに、成るだけ成らす。この状況を甲斐さんは「ならしあげる」と表現する。うん、見事にならしあげられている。
 甲斐農園では青島みかんを圃場ごとに1年おきで収穫する。たとえば今年はAの圃場を収穫して、Bの圃場は休ませるというように。果実が熟すのに木の栄養を吸い取るため、休ませる圃場の木は果実が熟す前に全て落としてしまう。そうすることで、休んでいる期間に木がしっかりと栄養をたくわえて翌年にはまたおいしい実をつけるというように、品質が安定する。甲斐農園を見渡すと、ならしあげられている圃場と、果実はなく緑の葉だけで覆われている圃場があるのが分かる。
 最初に訪れた11月18日時点では、甲斐さんいわく、まだ皮がごわごわして酸味が残っている状態。収穫して貯蔵することで酸味が甘みに変わり、皮の色も濃く染まっていき、食べ頃を迎えるのだ。3週間後に再び訪れた際には、ならしあげられていた木の果実はより深い橙色に染まっていた。

 甲斐さんが栽培しているのは「青島みかん」。いわゆる「こたつでぬくぬく食べるみかん」として冬場の長期にわたって楽しめるのが特徴。他品種に比べて収穫時に残る酸味が強く、その分貯蔵に向いているためだ。年内いっぱいには全て収穫を終え、あとは貯蔵庫で湿度などを管理しながら順次出荷している。
 ちなみに青島みかんの産地として有名なのは静岡県で、広島県ではあまりつくられていない。一般的に「こたつのみかん」と親しまれているのは主に「温州(うんしゅう)みかん」で、青島みかんはその一種。温州みかんは収穫時期の早い順に、極早生(ごくわせ)、早生(わせ)、中生(なかて)、晩生(おくて)などに分かれ、青島みかんは晩生なので、他の品種よりも遅い時期まで楽しめるのだ。温州みかんとひと言でいっても多くの品種があるので、それぞれ食べ比べてみるのも楽しそう。
 青島みかんのほかに甲斐さんが栽培しているのが「安芸の輝き(あきのかがやき)」。広島県が育成した「デコポン」である。デコポンという名称は熊本県農協の登録商標なので、正式には「不知火(しらぬい)」と呼ぶのが正しい。広島県は瀬戸内海の温暖な気候に恵まれ中晩柑類の栽培が盛ん。不知火も栽培されているが、降水量が少ないために減酸が遅れがちになる。そこで減酸が早い新品種として2009(平成21)年3月に品種登録されたのが安芸の輝きだ。さらに中生の「石地みかん」も。石地みかんは広島県で多く栽培されている人気の温州みかんだ。

 12月8日にはじゃがいもの収穫を見せてもらった。安芸津のじゃがいもは「赤土」で育つのが特徴で「マル赤馬鈴薯」などと呼ばれている。赤レンガのような赤色の土は鉄分が豊富で、味が濃くなるなど風味の面だけでなく、連作にも適しているというメリットがあるという。安芸津では初夏と冬の年2作、じゃがいもを栽培している。
 ワサワサと地上に伸びた葉を手で刈り取り、芋掘り機で地中のじゃがいもを掘り起こす。機械が通り過ぎると、ごろんごろんと顔を出す。赤土の布団でぐっすり眠っていたところを起こされてちょっと驚いているようにも見える。色白でつやつや。美男美女ぞろいのじゃがいもたちである。

 甲斐さんの圃場は数カ所に分かれているが、中でもメインとなる圃場の入り口から見渡す景色には、思わず見とれてしまう。段々状の斜面が描くグラデーション、連なるビニールハウス、農作物の生育具合によって異なる彩り、ずっと先に目を移すと、太陽に照らされてキラキラと輝く瀬戸内海。大きく深呼吸して、しばらくその清々しい光景に心を預けた。

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。