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ひろしま食物語 ひろしま食物語

広島初のチーズ工房誕生

2020年9月執筆記事

三次市三良坂町
チーズ工房 三良坂フロマージュ

松原 正典

 帰国してすぐに「山地酪農」を知り、全国に数軒ある山地酪農家を訪ねた。しかしそれぞれ気候も違えば草の生え方もやり方も違う。結局は自分の土地に合った方法を自力で見つけるしかなく、試行錯誤の日々。ある酪農家から「山地酪農をやりたかったら林業の技術を身に付けなさい」とアドバイスをもらい、2年ほど林業の会社で伐採や重機の扱いなどを学び技術を身に付けた。
 山や牛を買うには当然お金が必要だが、まだ実績のなかった松原さんにはお金を借りるのも難しい。思うように事が運ばない中、松原さんは乳製品の中でも、当時広島で作っている人がいなかったチーズに注目した。
 さて、チーズとはいかにして作るものか。それを学ばなければ始まらない。そこで1カ月ほどフランスに修行の旅に出た。林業に就いていた頃に出会い結婚した妻の郁衣さんも快く送り出してくれた。

 フランスでいくつかの工房を見学して「これならできる!」と手応えを感じた松原さんは、帰国後、閉店して空き家になっていた喫茶店を改装して、2004年にチーズ工房「三良坂フロマージュ」をオープン。広島で初めてチーズの製造許可を取得した。
 動物も仲間入り。まずは山羊6頭、仔牛3頭を実家の裏で飼い始めた。同時に放牧地となる山を譲ってもらうために交渉を進め、三良坂フロマージュオープンの3年後、念願の山を手に入れることができた。
 「放牧なんかしたら牛がダメになる」「穀物を与えないなんて虐待だ」批判を浴びることもあった。それでも松原さんは「穀物を与えないと決めていました。昔は穀物はなく、化学肥料ができてから穀物を人間が収穫して動物に与え、効果的に育てられるようになったわけで、それまでは穀物は与えなくても大丈夫だったのですから」。

 オープン当初はほかの酪農家から取り寄せたミルクを使ってチーズを作っていた。フランスでは簡単そうに見えたチーズ作り。いざ自分で作ろうとすると全くうまくいかない。どうしたものかとあれこれ模索し、広島市内の飲食店に飛び込みで持ち込んで試食をお願いし、本場のチーズを食べさせてもらい、それに合わせて改良したチーズを次回持ち込んで…そんなことを繰り返しながらスキルを高め、飲食店で使ってもらえるまでに成長していった。今でもその店とは付き合いが続いているという。
 チーズ作りにおいても「チーズなんてそんな簡単にできるはずがない」という厳しい声もあった。でも松原さんは「日本では乳製品を加工する文化がないからミルクの変化を知ることが難しい。でもフランスでは非常にシンプルで、殺菌せずにそのままチーズとして食べるんです。ミルクは安全なものであるという考えが前提にあり、シンプルにそのまま食べることで免疫力が上がるとか、豊かな味が生まれるという考えです。土着の菌で育った葡萄で作ったワインと、地元の草で育った牛のミルクで作ったチーズ、それらを合わせるのが何よりも素晴らしい食事であるという感覚です」。

 三良坂フロマージュをオープンして1年後の2005年、日本のチーズコンテストで優秀賞を受賞しベスト20に入った。それが地元の新聞で紹介されたことで実績が認められ、銀行の協力を得られることになり、そのおかげで山を買うことができ、牛や山羊も増やせることとなった。広島初のチーズ工房で賞を獲得したとなると、雑誌やテレビなどで紹介される機会も増え、徐々に客足も伸び、全国の飲食店からも声がかかるようになった。

 その後もフランス国際チーズコンクールをはじめ数々の賞を受賞し続けているが、松原さんのチーズ作りは受賞狙いではなく、あくまでも自然体。「チーズ作りは自分にすごく合っているんですよね。どれだけやってもしんどくない。楽しくてどんどんアイデアが湧いてくるんです。困るくらいに(笑)。日本一種類を作っていると思いますよ」。
 松原さんが創り出すチーズの魅力は、本場ヨーロッパの審査員をうならせる独創性と、ベースのミルクが持つ安定感。原料となるミルクの味が確かなものだから、生まれるチーズの品質も高まるのだ。

 独創的なチーズといっても、松原さんが大切にしているのは「本場の人に失礼なものは作れない」という考え方。「日本人がおいしいと言っても本場の人が納得しないとダメだというのが僕の考え。以前、オーストラリアで日本食が恋しくなってうどん屋に入ったら、お湯に砂糖と醤油を混ぜてうどんを入れたものが出てきて、すごくショックだったんです。あの頃から、本場で食べてもらっておいしいと安心してもらえるようなチーズをつくらなければならないと。フランスのコンテストで金賞をとったことは、現地の人に認めてもらえたという意味で、一つの自信になりました。自分が探し求めた製法が間違ってなかったのだと。ただ、日本的なエッセンスも加えないと単なるコピー商品になってしまうので、そのバランスを大切にしています」。

 そんな松原さんが求める理想のチーズはどんなものだろう。「ようやく最近確立できました。もし鎌倉時代や平安時代などかつての日本で宗教的にも政治的にも酪農が許されていたならと、自分なりにイメージして作ったチーズがあります。10年くらいかけてようやく完成しました。食べたらびっくりされると思います。去年イタリアで現地の人に食べてもらいましたが『こんなチーズがあるなんて!』としきりに驚いていました(笑)」。少量しか作らない希少な限定品なのでなかなかお目にかかれないが、興味津々である。

 工房には松原さん以外にもスタッフがいるが、牛や草を知らなければミルクへのアプローチの仕方も分からないという考えから、彼らにはチーズ作りだけでなく牛の世話から全工程に携わってもらっている。
 「ミルクの状態は草によって変わります。変化を見極めるには草がどう変化して、ミルクがどう変化するのかを、牧場で、自分の肌をもって感じなければなりません。チーズ作りにベーシックなマニュアルはありますが、たとえば、タンパクが多いな、水っぽいなというように、ミルクの状態を見ながら作るチーズも変えていきます。ミルクの状態を知らずにチーズを作ると、なぜこんなに変わるのかが分からず振り回されるだけ。ミルクの状態を知っているかどうかで、操れるかどうかが決まるのです」。
 季節によって生える草の状態も変わるため、牛が食べる草によってチーズの味が変わるということは、当然、チーズの味も時期によって変化するということ。だから三良坂フロマージュには期間限定のチーズが存在する。
 夏が過ぎて酷暑から解放された牛の体が楽になり、たんぱく質などが十分にミルクに落とせるようになると濃厚な味わいに。春先の草木を食べた時はサラッとしたフレッシュな味わいに。チーズを通して季節を味わう、そんな風流な楽しみ方が三良坂フロマージュのチーズにはある。

 三良坂フロマージュのミルクは甘みがあまりないのが特徴。穀物を与えるとでんぷん質で甘みが出るが、穀物を与えないから甘みはなく、サラッとしているという。
 「9割が草で穀物を補助的に与えるのはいいけれど、9割が穀物で補助的に草を与えるのでは牛の体には良くない。僕は10割が草という極端な方法をとることで、持論を立証しようとしています。穀物を食べる牛はお腹がキュッと締まっていますが、うちの牛は草しか食べないからお腹は草でふくらんでパンパンです。穀物はカロリーのカプセルを食べるようなものだから少量でも十分ですが、草はほとんどが水分ですから相当な量を食べなければなりません。おかげで10歳を超えてもバリバリの現役ですよ。20年は生きるでしょう」。先ほど平均的な乳牛の寿命が4年程度と述べたが、三良坂フロマージュの牛と比べると、いかに過酷な状況で生きているかが分かるのではないだろうか。大規模農場では1日3回という搾乳も、三良坂フロマージュでは1日1回。量を追い求めるのではなく牛や山羊の体に負担をかけないことを最優先としている。

 放牧地の草は、三良坂の山に自然に根付くものだけ。各地で勧められてさまざまな種を植えてみたが、結局この土地になじまなければ意味がない。生えない草を無理矢理生やすのではなく、牛が草を好んで食べているかを観察し、ミルクの状況を見ながら栄養価の高い草を時々補助的に与えれば、あとは自然に育つ草で十分だというのが松原さんの考えだ。
 三良坂フロマージュでは自ら育てた牛のミルク以外に、県北の酪農家から仕入れたミルクも使用。飼育方法は違うけれど同じ牛という大切な家畜から搾られたミルクを大切に生かしてチーズを作っているため、牛のチーズには自ら山地酪農で育てた牛のミルク100%のチーズのほかに、県北の酪農家から取り寄せたミルクと合わせて作ったチーズがある。山羊のチーズは100%山地酪農で育てた山羊のミルクで作っている。
 酪農もチーズ作りも体力勝負で、ほぼ休みなく働き続ける松原さん。「好きなことをやっているから、毎日がホリデーみたいなものですよ。つらいこともあるんでしょうけど、それも乗り越えるという選択肢しかありません」。

 チーズ作りは自分に向いていると自負する松原さんだが、酪農については「センスがない」けれど「好き」なのだという。その理由は「僕は米農家の血筋で酪農文化の血筋ではないからだと思います。たとえば何代も続いている酪農家の人と話すと体にしみついているのが分かるんです。自分で育てた牛のミルクを飲んで育っているわけだから、全然違う。そういう意味では、うちの子どもたちの中には徐々に酪農の文化が育ってきているかもしれませんね」。
 松原さんの子どもたちは朝学校に行く前に、山羊や羊のお世話を済ませるのが日課。動物たちと共に生き、彼らが生み出すミルクや肉をいただいて育つ。自然に感謝する心や動物たちを知る感度は日常の中で着々と磨かれているのかもしれない。
 家族みんなで動物や野菜を育て、自分たちが食べるものを自分たちでまかないながら営む豊かな暮らし。それを松原さんは「ファーミング」と呼ぶ。「変なプライドを捨てれば、田舎で豊かな生活を送れます。都会ではお金がなければ得られないものもあるけれど、ここでは自分でとった野菜をいただくだけでひたれるような、小さな幸せがたくさん手に入ります」。

 農場を営むのは大変だけど、それが自分の強みだという松原さん。「ミルクはほかから仕入れてチーズを作る方が正直儲かると思いますよ。酪農には機械や重機も必要ですからね。でもそれをしないと本当の酪農文化は根付きません。国内で流通しているミルクは、多くが海外の穀物を食べて育つ牛から出るミルクですから、極端な話、アメリカのミルクと同じテイストということ。卵だって、鶏が海外の飼料で育てば海外の卵。現在はアメリカであふれている穀物を買うために牛を飼っているようなもの。そんなことをせずに、日本独自の酪農文化を一からコツコツと築き上げようというのが、僕の目指すこと。自分たちのできる範囲でミルクを搾って、野菜を育てて、自然に無理強いしない生き方が広まっていけばいいですね」。
 そんな松原さんのもとで酪農を学び新しい生き方を見つけたいと、各地の若者からオファーが届くという。現在も二人の若者が共に働いている。松原さんが彼らに一番伝えたいことは何か聞いてみると「一番は家族の大切さ。それが軸で農業ができるわけだから。家族で協力して、家族のファーミングができればいい。今なら家族を養えるくらいのスキルをうちで身に付けて、地元に戻ってやっていけると思います。それでいいんじゃないかな。大きなことを考えている人はうちには不向きかもしれませんね」。

 この春は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、チーズを卸している飲食店の需要が激減。ちょうどミルクがたくさん出る時期に当たり、出口がなくなって大変だったという。SNSを使って、正直に「困っています」と助けを求めると、手を差し伸べてくれる人が多く現れ、それを機会にお付き合いが始まり続いているお客さんもいるという。本当にいいものを作り続ければ、求めてくれる人がきっといるはず。自然や命、ものづくりへの真摯な姿勢は、回り回って自分を助けるのだ。

三良坂フロマージュ公式サイト
https://m-fromage.com/

三良坂フロマージュ

三次市三良坂町仁賀1617-1
定休日/日曜日
営業時間/10:00~16:00

※商品が品切れになった場合は早めに閉店することがあります。
またチーズ製造や配達のため、数十分間、お店を閉める場合があります。

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。