Loading...

ひろしま食物語 ひろしま食物語

師匠の小言

2016年11月執筆記事

広島県豊田郡大崎上島町
ファームスズキ

鈴木隆

 鈴木さんに車海老の養殖を教えてくれたのは、この場所で40年近く養殖業に携わってきた堀江保さん。鈴木さんいわく「堀江流」は非常に特殊な養殖方法だった。一般的に、瀬戸内や九州では1 平方メートルあたりおよそ20~30尾、沖縄では50尾以上の稚海老を池に入れ、高密度で育てられる。しかし堀江さんの養殖方法は、稚海老といってもだいぶ大きく育てた段階で、しかも1平方メートルあたり7~8尾しか入れない。だから当然収穫量も少ない。

 「自分が編み出した養殖方法だと堀江さんは勝ち誇っていたけど(笑)、当時の僕は猛反発。みんな20~30尾入れているんだから僕も同じように入れたい! と言うと、勝手にしろ! と。それで30尾入れた年もあるのですが、かなり苦戦したし、ツリガネムシが異常発生したこともあって、結局行き着いたのは堀江さんの7~8尾。やってみて、よ~く分かりました。堀江さんの言うとおりでした! すみませんでした! っていう感じです。このことを伝えたら堀江さんはきっと喜んでくれると思いますけど、亡くなられたんです。今ごろ勝ち誇っていると思います(笑)」。
 堀江さんのやり方は、1平方メートルあたり7~8尾と密度を薄くしているので病気になるリスクが少なく、成長が早くて大きい車海老が育つ。ファームスズキの車海老は、最終的には平均25gにもなる。ちなみに8月末に取材に伺った時は、6月にまいた稚海老が13gくらいに育っていた。

 鈴木さんは言う。「堀江さんはさすがだなと思ったのは、池に入れるエビの量が少ないと、まくエサも少ない。エサが少なければ食べ残っても微生物が自然に分解してくれます。1平方メートルあたり7~8尾というのは、エサの残りや糞などを、池に住んでいるバクテリアが無理なく分解できるように計算された密度なんです。僕は最初、それに気づかなかった」。

 いろいろなところに勉強にも行ったが、堀江さんには「ほかの真似をしてもダメだ。よそにいって勉強するくらいなら、ここの環境を早く身につけろ」と常々言われていた。鈴木さんは「今思えばそのとおり」だという。
 現在、四つの池で車海老を養殖しているが、水温など池のくせが全て違う。だから毎日全ての池で、天気、時間、水温、塩分濃度、pH、溶存酸素などのデータを1日3~4回記録し、池にいない時でもパソコンなどで必ず毎日チェックしている。たとえば、水を替えると数値がどのくらい変わるなど、くせを知り、良い環境をキープしてあげるのがポイントで、そのための対処法も池によって違う。生き物を育む池そのものも生きているのだ。

 「堀江さんのお母さん(奥さん)は今もすぐそこに住んでいらっしゃいます。お母さんは僕らの食事の面倒まで見てくれて、みんなお世話になっています。堀江さんは、お母さんに嘆いていたようです。『あいつらは教えてやっても言うことを一つも聞かない』って。僕らが言うことを聞かないもんだから、今の時期はこうしろとか、網を変えろとか、こういう水の管理をしろとか、池を見て気づいたことなどを事細かに全部まとめてワープロで打って、その紙を毎月1~2回、机に置いてくれていたんですよ。それを全部綴じてあるんですが、今ではそれが宝もの。今だによく見返して、堀江さんはこの時こう言ってたなとか、今の時期こうしないといけないんだなとか、すごく参考になるんです。それが唯一残された財産。僕らに直接言えないから『わしはこう言ったのに』とか恨みつらみもいっぱい書いてありますけど(笑)。読んでいると面白いです。苦言も、温かいですよね。心優しい人なので。この地への思いもあったでしょうね。福岡から出て、大学を卒業してここにきて、ずっと養殖一筋で。でも楽しかったと思う。まだ車海老の養殖技術も確立していなくて試行錯誤でやっていた時代。毎日エサになるアサリやムール貝をとりに廿日市まで行っていたとか、今では考えられないような話ばかり。どんどん生産量が伸びて、日本の経済もどんどん上がって、育てれば育てるだけ売れていた時代。育てることだけ考えていれば良い時代で、楽しかったと思います」。

 ある日の夕方、鈴木さんが作業をしていると、いつものように犬の散歩がてらに堀江さんがやって来たという。「また小言を言いに来たな…」と思いながら聞いていると、堀江さんは、鈴木さんが取材を受けたテレビ番組を見たと話し始めた。「お前がテレビで『ここで牡蠣を作って世界に売っていきたいんだ』と言っていたのを見て、すごく感動した!」。いつもとは違う堀江さんの言葉に、鈴木さんは驚いた。堀江さんは続けた。「わしも若い時からここで働いていて、いつか自分で車海老を養殖したいという夢をずっと持ち続けていたら、できた。だから、お前も思い続けていたら、いつか必ず夢は実現するから」。

 車海老に関しては大幅に生産量を増やす予定はないが、栄養豊富な環境を生かして、牡蠣やアサリの稚貝の生産を増やす予定だ。ここで育てた稚貝を瀬戸内エリアの生産者に販売し「瀬戸内オイスター」として海外に広めるのが鈴木さんの夢。種を作る、育てる、販売する、生産者がそれぞれの得意分野を生かしながら取り組み、広島県単独ではなく瀬戸内ブランドとして確立すれば、買ってくれる人が増え、そうすれば生産者も増える。

 日本で牡蠣といえばむき身や牡蠣フライなど加熱したものが主流だったが、近年、オイスターバーが増え、生で楽しむ人が増えた。殻付きで提供したいというニーズの高まりに伴い、かごの養殖方法を取り入れる新しい産地が増えている。いかだからかごに切り替えるのは設備的にも人員的にもリスクが高いが「うちのようなベンチャー企業ならゼロから始められる」と鈴木さん。「減少する養殖業にみんなが危機感を覚えている中、新たな道筋が見えれば若者も興味を持ってくれるはず」。ファームスズキの挑戦はこれからも続く。

ファーム鈴木公式サイト
https://www.farmsuzuki.jp/

ファームスズキオンラインショップ
https://shop.farmsuzuki.jp/

FARMER’s KITCHEN

養殖場内の小さなイートインスペース FARMER‘s KITCHEN(予約制)
〒725-0231 広島県豊田郡大崎上島町東野垂水37-2

HIROSHIMA KAMINOBORI BASE

事務所 兼 小さな販売スペース
〒730-0014 広島市中区上幟町10-23

この記事をシェアする
FacebookTwitterLine

掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。