「レモンに力を入れたら売上が大幅にアップした」そんな居酒屋さんがあるらしい。その居酒屋さんは、それまでは店で使うレモンの栽培方法や味に特にこだわりはなく価格重視で選んでいたが、取引業者から「こだわって作られた国産レモンを探してほしい」と相談されたのをきっかけに、能勢さんを訪ねてやって来た。
事情を聞いた能勢さんは「うちは年間を通じて供給することはできない」と伝えた。驚く相手に、自らの思いを続けた。「うちのレモンを扱うなら、旬を大事にしてほしい。人間が自然のことを考えて営む有機栽培、それによって育った素材を扱うのであれば、四季を尊重するのが大切ではないか」。その居酒屋さんにとっては目からうろこだったのではないだろうか。
能勢さんはいつもこのスタイルだ。「生産者が生意気だと思われるかもしれないけど、伝えるべきことを伝えなければ『生産』『流通』『販売』という区分の中で『お金を支払う側が強い』という力関係ができてしまう。それを対等にしたいんです。現状を理解してもらった上で使ってもらうのが幸せだから、嫌われようが、扱ってもらえなかろうが、嘘をつかずに正直に話します」。
メールでの問い合わせも全て電話をかけてみる。最初は納得していなかったような人も、直接、丁寧に、能勢さんの考えを話すと、ほとんどの人が理解してくれるようになり、そういった人から口コミで広がることも多い。「どんな美辞麗句よりも、食べてくれた人の言葉が一番の宣伝です」。
たとえば「無農薬ですか?」よく聞かれるこの質問には「『無農薬』と書かれていても、薬を一切使っていないとは限らないんですよ」そんな説明から入る。安心安全の基準として認知されている規格「有機JAS」でも、天然由来のものなど定められた範囲内で使用が認められている農薬はある。
しかし「有機」「無農薬」と聞くとどんな農薬も一切不使用だと思い込んでいる人も少なくない。「有機」「無農薬」などの言葉が「売り物」のように一人歩きしがちな世の中で、買い手が正しく理解して選択することが大切だと考えるからこそ、能勢さんは一人一人と妥協なく話をする。「話が長くなるので、興味なさそうな人も、だんだん飽きてくる人もいるんですけど(笑)。だから世間では大切な説明も簡略化されて誤解を与え、結果、お客さんが無知になってしまう」と憂う。
「無農薬」という表記は、私たちが安心・安全を判断するための基準とする情報の一つだが、たとえ有機JAS規格に沿った栽培方法で作られた農作物であっても、最終的に「有機JAS認定」を取得しなければ「無農薬」と表記することはできない。その場合は「天然由来の農薬のみ使用」「化学合成農薬不使用」といった表記になる。
「どんな天候、どんな条件で育ってもおいしいって、不思議じゃないですか?」能勢さんの問いかけに、ハッとした。何かを食べる時、当たり前のようにおいしいものを欲するけれど、そのおいしさがどのようにしてかなえられているか、本当のところを理解できているだろうか。
能勢さんの畑は化学合成農薬不使用。認定は取っていないが「有機JAS」規格を満たす安心・安全な栽培方法で、ブラッドオレンジをはじめレモン、みかんなどの柑橘類を育てている。天候に応じてさまざまな薬剤を使えば、甘くておいしい柑橘をより効率的に届けられるかもしれない。でも農作物は自然の恵み。だから「年によって当たり外れがあるのは当たり前。おいしくできなかった年も『今年はこのような味になりました』とお客さんにきちんと原因を説明して理解を得られる関係をつくればいい。中には、それなら今回は買わないという人もいます。でも、うちの考えを理解してくれているお客さんは、関係が完全に終わってしまうことはありません」。
見た目だけではない。「特に柑橘類は、普通栽培のほうがおいしく育つ確率が高い」と能勢さんは言う。柑橘は主に秋の雨の影響で糖度が変化するため、その時期に水分が多いと糖度が下がり、品種にもよるが、雨の少ない年は柑橘がおいしくなるといわれている。しかし能勢さんの畑は土地の形状から水分管理のために防水シートをかけるのもままならないため、毎年雨量には悩まされたり喜ばされたり。農家によってはシートをかけられない場合の対策として、根から水を吸わないように、フィガロンというホルモン剤によって木を仮死状態にするそうだ。しかし能勢さんは使わない。「うちは自然のままなので、この天候ならこの味ですと正直に根気よく説明し、理解した上で味わってもらうのが理想」と能勢さん。実際、水分が多い方がおいしくなる品種もあり、何かがイマイチでも別のものは上出来ということもある。それが本来の自然の恵みだ。
あるがままの姿で、嘘なく正直に相手と向き合う「対話」を重視する能勢さん。買ってくれる相手に対して感謝はしても「取引先様々」と必要以上にへりくだることはない。「世間的には『もの言う生産者』というような見方をされるんでしょうけれど、どう思われようが、何でも言える関係が理想。生産者である前に『安心・安全』と『自分が信じるもの』を追求する一人の人間として、その信念に共感してくれる人たちとつながっていくことを大切にしたい」。どんな栽培方法で、どんな果実ができるのか、包み隠さず明かした上で始まる付き合いは、長く、強く、続いていく。
もちろん、能勢さんも自然条件に応じて出来る限りの手は尽くす。それでも最後は「お天道さまの機嫌次第。お客さまには、今年はこの味になりましたと理解を得るしかありません」。だから能勢さんは、自分たちが「作ったもの」というより、自然の恵みで「できたもの」という言い方の方がしっくりくるという。厳しい結果も謙虚に受け止め、豊かな実りには心から感謝する。自然の働きかけを尊重しながら、来る日も来る日も畑につきっきりで、自分にできることに精一杯取り組んでいる。最初は納得していなくても、一度能勢さんの考えに賛同したお客さんは簡単には離れない。能勢さんの関係づくりは「対話」と「理解」と「信頼」で成り立っている。
誤解してほしくないのは、能勢さんのような有機栽培を実践している生産者が、見た目や味を軽視しているわけではないということ。より良く育つように足繁く畑に通い、非効率でも除草剤をまかずに雑草と格闘しているのだ。気の遠くなるような作業を続けられるのは、喜んでくれる人、自分の柑橘でなければと望んでくれる人がいるから。心の底から自慢できる柑橘を届けたい一心で、どんな手間も惜しまず1年365日、畑に足を運ぶ。
スーパーなどで売られている食材が見映えよく均一化されていることが当たり前になると、ちょっとした傷や斑を避けようとしてしまうのも仕方ないのかもしれない。私たち消費者が求めれば、流通はそのニーズに応えるため生産者に均一的な見映えを求めていく。見た目や味の均一化がクレームを防ぐ効率的な手段だと流通が判断することも、市場経済では当然なのかもしれない。しかし、自然は本来均一なのだろうか。
私たちが生きるために口にする食べ物のほとんどが、土や海などの自然に育まれたもの。その自然に均一さを求めて化学合成農薬や化学肥料が生み出された。それらを活用し、効率的に食べものを育てるのは悪いことではない。普通栽培の生産者も決められたルールに沿って使用しているし、もっといえば、使用していなければ市場には出荷できないルールもある。
一方で、効率は悪いが、化学合成農薬や化学肥料を使用せずに食べものを育てる生産者がいる。免疫療法による治療のためにそれを求めて食べる人がいる。化学物質農薬過敏症でそれしか食べられない人がいる。見た目や価格ではなく、どのような食べものを育てているのか、どのような食べものを食べたいのかを、生産者と食べる人が互いに理解して提供・購入している。
私たち消費者はもっと学ばなければいけない。たとえば、柑橘の見た目が悪くなるのには、どのような理由があるのか。自分や大切な家族が口にする食材の姿の「理由」を知った上で、自ら選択できる「目」を持たなければならない。私たちの当たり前は、生産者の知恵と努力で成り立っている。
しまなみレモン公式サイト&オンラインショップ
https://shimanami-lemon.com/
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